レトロパソコンの思い出 【その2】ベーマガに投稿して、ことごとくボツになる

電波新聞社マイコンBASICマガジンにプログラム投稿した思い出

マイコンBASICマガジンとは、電波新聞社から発売されていたパソコンのプログラムが読者投稿によって掲載されている雑誌でした。こんにちはマイコンでは本当に基礎の命令文しか紹介がなかったので、この雑誌でプログラム、BASIC言語を勉強してました。おかげで大変にBASIC言語のレベルアップに役立ちました。

採用されたプログラムの作者が小中学生ということもあったようで、私も小中学生の時に何度かプログラムを投稿したことがあります。ただ、お金のない小学生、投稿プログラムをセーブするカセットテープ代や投稿するのに封書を送る郵送料もバカになりませんでした。

昔聞いていたアニソン音楽テープの溝にセロハンテープ貼って、プログラムをセーブ

カセットテープにプログラムをセーブして封書に入れて送るわけですが、パソコンプログラム用のカセットテープは普通の音楽テープに比べてちょっと割高でした。良いテープを使わないと、データセーブしてもロードエラーが発生しやすくなります。また、音楽テープのように45分や60分が主流ではなく、10分か15分のテープが売られておりました。録音時間が長いテープは、伸びやすいのでデータロードエラーが発生しやすいからでしょう。

しかしお金のない小学生は、昔聞いていたアニメソング入り音楽テープの誤録音防止の穴にセロハンテープを張り付けて録音できるようにして、それにプログラムをセーブして投稿しておりました。その結果、小学生の間に5回ぐらいは投稿したでしょうか。見事全部ボツに終わりました。

PB-100プログラム投稿は、プログラムリストを原稿用紙に手書きして送った

中学生の時、CASIO計算機から発売されていたPB-100Fというポケットコンピューターを所持しておりました。ポケットコンピューターは、本体の電源を切ってもプログラムが本体に保存されます。ですが、外部にプログラムを保存する場合には、専用のデーターリコーダーが必要でした。その専用のデーターリコーダーを買う代金をケチっていて、私はプログラムの投稿を原稿用紙にプログラムリストを手書きして送ってました。

今思えば忙しい編集部がそんなのを打ち込んでまで審査してくれるはずがありませんよね。本当、バカでした。

現在、PB-100Fの前世代にあたるPB-100を今でも所有しております。計算機としてしか使用しておりませんが、いまだに完全動作しております。

PB-100F
カシオ計算機PB-100F。特徴は、音が出ないのにBEEP命令を実行してもエラーにならず、無視するところ。PB-100ではエラーになり、PB-110では音が出る。

OFコーナーには十何回か採用された

ベーマガの各ページ一番下の余白にあたるところに、OFコーナー(オーバーフローコーナー)というのがあり、読者からの一言に編集部員の方々が返信してくれる欄がありました。そこには小学生のうちだけで10回以上採用されました。採用されると学校であまり日ごろ話さないような人にも声を掛けられるので、小学生でも読んでいる人は少しいたんだなぁ。

プログラム投稿のほうは、「明日のスタープログラマー」という、もう一歩で採用された人の名前だけが紹介されている欄に名前が載ったのが最高でしたので、それ程の実力がなかったというところでしょう。

初めての原稿料は中学生の時にゲームアイデア採用で掲載

ベーマガではないのですが、I/O別冊Pioというパソコン雑誌がありまして、こちらでゲームアイデアを採用されて原稿料が貰えたのが最初のパソコン関係による収入でした。確か定額小為替で3,000円が送られてきたような。金額もうれしかったですが、採用されたのがとてもうれしかったですね。とうとうコンピューターの世界に私もデビューかと。それは勘違いも甚だしいとわかったのは、何年後だったかな?